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学術賞 当年度受賞者

日本労務学会賞(学術賞)審査結果報告

日本労務学会賞(学術賞)審査委員会における厳正なる審査の結果、2017 年度の学術賞が下記の2つの著作に授与されました。ここに受賞者のお名前・著作名ならびに審査報告を記して、その栄誉を称えます。

[受賞者名]
本田 一成 氏(國學院大學)

[受賞著作名]
チェーンストアの労使関係:日本最大の労働組組合を築いたZモデルの探求
(中央経済社、2017年)

[審査報告]

日本の(複合)産業別労働組合運動に関する体系的な研究が少ない中、本書は、労働組合の組織化に唯一といってよいほど成功しているUAゼンセン、 特にチェーンストアの労使関係を歴史的に分析した作品である。具体的には、チェーンストアの労使関係の歴史を、「混乱」、「同床」、「左右」、「分断」、「変転」 という5つの分析視点を切り口に、全繊同盟流通部会結成前から現在に至るまでの労使の歩みを歴史的に考察し、 そのなかで特別な役割を担ってきたゼンセンの組織化モデル(本書ではZモデル)の背景、要素、変質、課題を体系的に明らかにしている。 さらに、ゼンセンの「大産別主義」と「内部統制」という2つを軸に、Z点、すなわちチェーンストアの組織化によるゼンセンの繊維から流通への変異がどの時点にあったのかに関して検証を行っている。

本書は2部構成で、第Ⅰ部では、まず1940年代後半から1970年代前半までのチェーンストア労働者の組織化にかかわる様々な組合組織の活動の変遷とそれぞれの複雑な関係性が整理され、 チェーンストア労組の統合の困難さの背景が示される。 つぎに、1950~1960年代に結成されたチェーンストア労組結成の経緯や初期の活動を分析する。 さらに、繊維産業を中心に組織していた全繊同盟がチェーンストア労組の組織化に至った背景として、全繊同盟の組織特性を分析し、 流通部会結成と部会によるチェーンストア労働者の労働条件、労働環境の改善の取り組みが議論される。 第Ⅱ部では、全繊(ゼンセン)同盟加盟のチェーンストア労組結成と初期の活動例(主に1970年代)として、 流通部会の設立メンバーである長崎屋労働組合と全ジャスコ労働組合、流通部会創設後に結成されたイトーヨーカドー労働組合、 一般同盟から全繊同盟に移籍した全ダイエー労働組合が分析される。 さらに、1980年代以降のゼンセン同盟流通部会の活動と流通産別実現までの経緯が説明される。 上記の分析を踏まえて、終章では本書の主たる関心テーマである“Z点”がどこにあったのかが導きだされる。

審査委員からは下記の点が高く評価され、受賞作とされた。 ゼンセンによるチェーンストア労働組合の形成過程を追うことで、日本で最大の組織労働者の労使関係研究に生じている空白を埋めようとする著作であること。 ゼンセンの組織化モデル(本書のZモデル)の背景、要素、変質、課題を体系的に明らかにしていること。また労使関係だけでなく組織論に対しても有益な知見を提供していること。 さらに、本研究では、16年間に渡る延べ55回のインタビューと関連公刊資料の収集、分析には、並みならぬ努力が払われていること。 具体的は、ゼンセン(全繊同盟からUAゼンセン)だけでなく、チェーンストア労働者を組織していた単組、産別、ナショナルセンターの組合史、 会議資料、機関誌などを含む膨大な資料と、数多くのインタビューを実施している。著者が述べるように「本質的にはいわば基礎資料づくり」の作業が十二分に果たされており、 チェーンストアの労使関係やゼンセンの歴史的展開を研究する者にとっては、必読の書となると思われ、労使関係論のみならず、チェーンストの産業史研究としても本書の貢献は大きいこと。

同時に、Zモデルというキー概念に関しての分析が弱く、ゼンセン以外の他の産別を含めた多様な組織化類型の中におけるZモデルの位置づけや、 Zモデルの汎用性・適用可能性などが十分に議論されていないとの指摘や、ゼンセンの組織化などの分析に批判的な観点が弱いとの指摘もあった。 こうした点の解明は、著者の今後の研究に期待したい。

(文責:佐藤博樹委員長)


[受賞者名]
古田 克利 氏(関西外国語大学)

[受賞著作名]
IT技術者の能力限界の研究-ケイパビリティ・ビリーフの観点から-
(日本評論社、2017年)

[審査報告]

「日本の技術者は40歳前後で技術者としての能力限界が訪れる」という通説がある。 しかし、これまでの研究が着目してきたのは、技術者の能力限界の有無ではなく、能力の限界が訪れる技術者の意識であった。 つまりIT技術者の年齢と能力の関係は未だ明らかになっているわけではない。さらに日本の生産人口の高齢化はIT産業においても例外でない。 中高年のIT技術者の活躍を推進するには年齢と能力の関係をあらためて吟味する必要がある。 本書はこうした問題意識に立ち、IT技術者の年齢、職場環境そして産業構造と能力限界感との関係を実証した労作である。

本書は3つの研究課題を設定している。第1の研究課題は、IT技術者の年齢が能力限界感に及ぼす影響を明らかにすることであり、これは個人要因である。 第2の研究課題は、上司のサポートや職場風土等の職場環境がIT技術者本人の能力限界感に与える影響を明らかにすることであり、これは職場環境要因である。 第3の研究課題は、IT企業の産業構造と技術者本人の能力限界感との関係を明らかにすることであり、これは産業構造要因である。 実証分析に際して、著者が着目したのがケイパビリティ・ビリーフである。 具体的にはネガティブなケイパビリティ・ビリーフ(能力発揮の限界感)とポジティブなケイパビリティ・ビリーフ(能力発揮の効力感)の2つの側面から能力限界感を捉えている。 そのうえで、本書はIT技術者の能力限界感は年齢(個人要因)によってのみ高まるのではなく、個人の置かれた環境(職場環境要因および産業構造要因)からも影響を受けていることを見出している。 IT技術者の能力発揮の効力感は、40歳から50歳前後の中年期においていったん停滞傾向を示すものの、その後、再び上昇し始めるという発見は、技術者のパフォーマンスが加齢に伴い衰えるわけではないことを示すものである。

本書が明らかにしたことは、技術者の能力限界問題の本質的原因は、中高年技術者に与えられている職務や期待のかけ方にあるということである。 審査委員会では、こうしたシンプルであるが実践的含意に富む知見が精緻な分析から見出されている点が評価された。 また、元請け企業と下請け企業の分業というIT産業の構造要因を取り上げている点が評価された。 下請け企業のIT技術者は元請け企業の技術者に比べて能力限界感が高いのである。 元請けと下請けの分業はIT業界にかかわらず日本の産業全体に広くみられる構造である。 それゆえ本書が見出した知見の応用可能性は広い。こうした点も評価され、審査委員会では本書は日本労務学会学術賞に値するという結論に至った。

なお審査委員会では、本書で用いられている指標が下請け企業を特定する変数として必ずしも適切とは言えないこと、またIT技術者の分類にもっと工夫がいるという指摘もあった。 この点は著者自身も自覚しているところである。元請けと下請けでは担当している仕事つまり職種も異なるはずである。 分業構造と職種の関係を的確にとらえて産業構造要因とIT技術者の能力限界感の関係を深堀する著者の今後の研究に期待したい。

(文責:平野光俊委員)

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