PSRI 早稲田大学パブリックサービス研究所


 



公会計改革推進研究会座長
パブリック・ディスクロージャー表彰審査委員長
東京大学・日本社会事業大学名誉教授
神野 直彦
「パブリック・ディスクディスクロージャー表彰2024」の審査報告
 誰もが認識しているように私たちは今、未来がベールに覆われて、見えなくなってしまう、「大混乱の時代」に足を踏み入れている。そうした「大混乱」という時代状況にもかかわらず、この表彰制度に参加いただいた荒川区、精華町、町田市という三つの地方自治体には、心よりの敬意を捧げたい。
 しかも、参加いただいた三つの地方自治体は、この表彰制度への参加を通じて、「大混乱」という時代状況から脱け出す「導き星」の役割を、見事に果されている。そのことを誇りに感じながら、審査委員長として「パブリック・ディスクロージャー表彰2024」の審査結果を報告することにしたい。
 あらかじめ結論を報告しておけば、荒川区には「アニュアル・レポート部門」でグッド・プラクティス賞を、「ポピュラー・レポート部門」ではCertificate of Good Presentation を授与している。さらに精華町には「ポピュラー・レポート部門」でグッド・プラクティス賞を、町田市には「ポピュラー・レポート部門」でグッド・プラクティス賞を、「マネジメント・レポート部門」でグッド・パブリック・ディスクロージャー賞を授与することにした。敢えて繰り返すと、ここに表彰する三つの地方自治体の財政運営の意義は大きい。それは現在の「大混乱」の時代状況から、出口へと誘うシナリオを提起しているからである。
 この現在の「大混乱」は、有形財を有形資産で生産する社会から、無形財を無形資産で生産する社会へと転換する歴史の地殻変動によって生じている。もちろん、こうした地殻変動の背後には、成長や生産性という「経済的価値」のみを求めて、「有形資産」の投資を進めるだけでは、自然環境と人間社会の持続可能性が失われてしまうという危機意識が存在していることは間違いない。つまり、「経済的価値」の実現だけではなく、豊かな自然、健康や信頼関係に満ちた「幸福な社会」という「社会的価値」を実現するために、「無形資産」への投資が推進されているのである。
 この30年間で成長の著しかったアメリカをみても、無形資産投資が急増し、GDP比で有形資産投資の2倍にまで達している。ところが、日本では無形資産がほとんど伸びず、有形資産の半分程度にすぎないことが、「失われた30年」の重要な要因となっている。しかし、「社会的価値」の追求という無形資産投資推進の目的を見失うと、産業構造の転換によって職が奪われていくという不安が怒りに転じてしまう。その怒りを煽りながら、アメリカでは「目的なき権力」が君臨するというトランプ現象が生じ、世界を激震させているということができる。
 これに対して三つの地方自治体は、民主主義を活性化させることで、地方財政を有効に機能させ、歴史の地殻変動に対処しようとしている。それはいずれの地方自治体も、「ポピュラー・レポート部門」で表彰されている事実が、雄弁に物語っている。とりわけ、精華町の試みは財政民主主義の条件整備こそ、「社会的価値」を実現して「幸福」な地域社会を形成するという確信に満ちていると高く評価できる。
 しかも、「社会的価値」をも追求するために、財政を有効に機能させる具体的な方法も提起されている。「アニュアル」レポート部門」で荒川区は、「荒川区民総幸福度(GAH)」を開発し、その指標にもとづく財政運営を提起しているからである。それは「社会的価値」をも考慮した「価値」の「会計計算」を提示した嚆矢とされる2010年の「スティグリッツ報告書」を継承した、OECDの「ベターライフ・インテックス(BLI)」の試みを凌いていると評価できる。それ故に荒川区の財政運営方式は急速に広がり、「志」を同じくする80にも及ぶ基礎自治体が「幸せリーグ」を結成している。
 「マネジメント・レポート部門」で「グッド・パブリック・ディスクロージャー賞」に輝いた町田市は、組織別・事業別行政評価という先端的試みを完成の域にまで洗練させている。しかし、財政の結果の評価は、財政がどのような地域社会を形成したのかという観点から、住民がおこなうことを忘れてはならない。この点を見失うと、「虚妄の評価主義」に陥ってしまう。ところが、町田市は財政民主主義という原点を見失うことなく、あくまでも住民による評価を重視している点に素晴らしさがある。
 日本では研究開発費にしろ教育研修費にせよ、「無形資産」投資が進まないのは、そうした支出が「投資」ではなく、「コスト」と認識され、効率化のための削減の対象とされてしまうからである。そうした過ちに、政府も企業も気づき、「人への投資」が唱えられ、企業会計の見直しも進んでいるにもかかわらず、「無形資産」投資が停滞してしまうのは、依然として財政が「有形資産」投資によって牽引される社会を前提にしているからである。
 「無形資産」のうち特許、ブランド、デザインなどの、人間とは分離して存在する知的資産については、企業が所有することができるけれども、知的資産を生み出す知識、技能、意欲という人間とは切り離せない人的資本については、企業が所有することができない。そのため人間の信頼関係である社会関係資本が存在しないと、人的投資は進まないことになる。
 三つの地方自治体の財政運営は、企業が「社会的価値」をも重視し、「無形資産」投資を進めようとしても、停滞してしまう現状を打開する道筋を示している。それは地方財政が、人間と分離できずに、企業の所有できない人的資本の投資を、公共サービスとして進めるだけではなく、社会関係資本を培養するように、地方財政を運営することである。というよりも、地方財政が「社会的価値」をも追求して、人的資本投資、社会関係資本投資、自然資本投資を推進して、「幸福な社会」を目指すことこそが、「無形資産」投資によって牽引される社会を創ることにもなることを、実践によって教えてくれている。


―自治体の財務報告と企業のアニュアル・レポート―

早稲田大学パブリックサービス研究所所長

小林 麻理

 パブリック・ディスクロージャー表彰2024は、今年十五回目を迎えることができました。関係各位のご協力に心から感謝いたします。
 積極的な財務情報開示と市民との情報共有を目指す地方公共団体の参加を得まして、一次審査、二次審査による厳正な審査のもと、グッド・パブリック・ディスクロージャー賞に、マネジメント・レポート部門では町田市、グッド・プラクティス賞に、ポピュラー・レポート部門では精華町と町田市、アニュアル・レポート部門では荒川区を選定いたしました。また、アニュアル・レポート部門のみならずポピュラー・リポート部門に参画いただき、区民との積極的なコミュニケーションを推進している荒川区には、Certificate of Good Presentationを認定いたしました。応募いただいた各団体のレポートは、市民や議会をはじめとするさまざまなステークホルダーに対するアカウンタビリティとスチュワードシップの責務に対する真摯な取り組みであり、日本の自治体のまさに先端を行くものとして高く評価できます。
 現在私は、国際公会計基準審議会(IPSASB: International Public Sector Accounting Board)のボードメンバーを務めています。IPSASBは、パブリック・セクターにおける発生主義に基づく一般目的財務報告(GPFR: General Purpose Financial Report)の高品質なグローバル基準を策定する国際機関であり、GPFRの世界展開を推進するとともに、公的主体の財政マネジメント(PFM: Public Financial Management)の強化を目指しています。そこにおける財務報告の目的はもちろん、意思決定とアカウンタビリティです。企業における会計はいうまでもなく、マネジメントに不可欠な羅針盤であり、まだ同時に重要なステークホルダーである株主に対して企業経営のパフォーマンスをアカウントするという機能を果たしています。それとまったく同様にIPSASBでは、パブリック・セクターにおいて、会計は、希少な資源を政府活動に効率的かつ効果的に配分する意思決定を行い、その結果どのような成果を生み出したかについてパブリックにアカウントする重要な機能を担うことが前提とされています。
 翻って、わが国の国と地方自治体における会計の機能の現状はどうでしょうか。発生主義に基づく財務書類は作成されているものの、それらの情報が予算決算に活用されているかという点になると疑問を呈さざるを得ません。平成27(2015)年を目途に統一基準による財務書類の作成が推進され、令和5(2023)年度末時点の総務省調査において94.6%の団体が作成済みとなっています。その現状においてさえ、活用状況をみると、最も数値の高い「行政外部に向けての活用(住民への公表や地方議会、その他外部への情報開示等のための活用)」でさえ全体で34.7%という結果です。
 そのような厳しいわが国の現状において、PD表彰に応募いただいた団体は、IPSASBが目指すPFMの強化とアカウンタビリティをまさに指向しているということができます。今回は3団体の応募という結果となりましたが、PD表彰の目的である、自治体が、住民に対するアカウンタビリティを遂行すること、グッド・プラクティスを共有して、自治体相互のイノベーションを創出すること、そして何より住民ニーズに基づく行政経営を実現することを目指して、これからも財務報告によるアカウンタビリティとスチュワードシップの履行を推進していきます。
 早稲田大学パブリックサービス研究所(PSRI)としてのPD表彰はこの2024ともって終了します。そして、4月以降は、PSRIのミッションと事業を引き継ぐ一般社団法人パブリックサービス研究センター(CPSR: Center for Public Service Research)を立ち上げ、CPSRの下でPD表彰を継続していきます。組織形態は異なりますが、CPSRは、PSRIと同様、日本における公会計改革、行財政改革の進展に貢献することをミッションとして活動を行います。課題に対する終わりなきチャレンジを共に取り組むネットワークをグローバルに拡張し、課題と知見の共有を広げていきます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。



マネジメント・レポート部門


グッド・パブリック・ディスクロージャー賞

〔東京都町田市〕

【令和5年度(2023年度)町田市課別・事業別行政評価シート】


 

【総  評】
 
昨年度に引き続いての受賞です。 これまでも町田市の課別・事業別評価シートは目標と実績が対比されることにより事業の成果が説明されているなど、 完成度が高いです。 225の事業について丁寧に分析した情報をわかりやすく提示しているところは評価される点です。 議会での活用をはじめ、丁寧な分析により情報の有用性をより一層高めて、議会での活用をはじめ、 さらなる活用促進を進めていくことが望まれます。


アニュアル・レポート部門



グッド・プラクティス賞

〔東京都荒川区〕

【令和5年度荒川区包括年次財務報告書】




【総  評】
 
昨年度から続いての受賞となった荒川区は,荒川区基本構想で定めた政策・施策体系である「都市像」ごとに、 行政コスト財務情報、主な取組内容、成果指標を示されています。 都市像で示される目指す方向性は、区民に親しみやすく、行財政運営における情報をバランスよく開示しています。 ネクスト・ステップとしては、目指す目標に対する現状の区政について、情報を様々な視点から分析し、 そこから見えてくる課題やそれに対する政策についての説明、財務諸表と普通会計決算の関連性についての分析、 類似する他団体との比較分析があると、さらによいディスクロージャーになります。 また、滝口区長が就任され、荒川区のビジョンが新たに設定される場合には、区のビジョンとミッション、 価値観に基づく行政運営の結果について、区民にアカウンタビリティを果たすことが求められ、 年次財務報告の構成と内容について見直しを行う好機になると考えます。





ポピュラー・レポート部門



グッド・プラクティス賞

[京都府精華町]


【令和6年度予算のあらまし「町の羅針盤」】
【令和5年度決算のあらまし「町の家計簿」】



 

【総  評】

昨年度に引き続いての受賞です。 例年、幅広い財政情報をコンパクトにわかりやすくまとめており、完成度が高いです。 キャラクターを活用して、町民に親しみやすい点も評価できます。 しかし、課題が二つあります。 一つは、開示の大部分がフローの情報となっており、 統一的な基準による財務書類の情報を用いたストック情報の開示や中長期の趨勢分析情報が十分ではなかったことです。 もう一つは、フロー情報を中心とした場合であっても、家計簿と羅針盤の関係、 すなわち予算と決算についてのリンケージに十分な配慮がされていないことです。 家計簿では主な実施事業についての説明がなされていますが、 前年の羅針盤で示された計画/予算との比較・相互参照が読み手には困難です。 全戸配布であり、しかも町民にとって親しみやすく、理解可能性も高いという点の評価に変わりはありません。 今後は、統一的な基準による財務書類の情報を活用したストック情報、 そこから見えてくる町政の課題とそれに対する町の政策を示すことなどにより、 より完成度を高めることが可能であると考えられます。



グッド・プラクティス賞

〔東京都町田市〕


【令和5年度(2023年度)町田市財務諸表~概要と解説~】
【令和5年度(2023年度)町田市課別・事業別行政評価シートダイジェスト】



 

【総  評】

昨年度に引き続いての受賞です。 概要と解説は経年比較がなされており、コンパクトにまとまっています。 ただ、昨年度にあった「財務諸表で振り返る町田市の10年」や 「自治体間比較による事業分析」についての説明がなくなったのは残念でした。 行政評価シートダイジェストでは、 行政サービスについて課別・施設別という単位でコンパクトにわかりやすく成果を説明しており、 財源も含めて、住民の情報ニーズに適した情報を提供しています。 より一層の充実化、有用化に向けて改良されることを期待します。




Certificate of Good Presentation

[東京都荒川区]


【あら坊・あらみぃと一緒にみる荒川区の財務諸表(令和5年度決算版)】
【令和5年度決算版荒川区の財務諸表Q&A】



 

【総  評】

昨年度から続いての受賞です。親しみやすいキャラクターを用い、Q&A形式を採用して、 荒川区の財政状況をわかりやすく示す取り組みが評価されました。 アニュアル・レポートの幸福実感都市の都市像別分析との関連が見えるように工夫されるともっとリーダーフレンドリーなものとなります。 また、現状では別冊になっている「荒川区の財務諸表」と「荒川区の財務諸表Q&A」を一体にすることの検討及び「荒川区の財務諸表Q&A」に掲載する情報についても検討されてはいかがでしょうか。